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現代は決して悪い時代ではない 「繁栄」 by マット・リドレー

 本書が終始説いていることは「現代は決して悪い時代ではない」ということである。
 
 毎日流れてくるニュースや、本屋にいけばどこまでも続くように並んでいる現代悲観論に反して、様々な事実を合わせて考えれば現代は素晴らしいものである、という合理的楽観論を背に宿して論を勧めている。
 
 「合理的」と言うからには、様々な現実面と顔を合わせなければならない。現実から離れて抽象的に説いていくのではなく、様々な現実の苦難を乗り越えてきた人間の歴史を説いていきながら、現代と言うものを考えなかればならない。
筆者は人類史という壮大な物語を背景に、現代を解き明かしているのだ。
 
 筆者も少し言及しているが、この人類史から現代を解き明かすというプロセスが、これほどまでに意義あるものとなるには、ある特徴があるからである。それは「人間の本質は今も昔も変わっていない」ということである。
つまり広く深い人類史を俯瞰することが、現代の私たちにとってとてつもない意義あるものになる理由としては、そのプレイヤーが変わっていない、ということにあるのだ。プレイヤーが変わっていないのだとすれば、彼らの歴史を捉えることで、現代社会を客観的に捉えることができるようになるからだ。
 
 人類史というとあまりにも想像を絶する世界観だが、そのプレイヤーは私たちと全く同じなのだ、ということを念頭に入れて本書を読むと、その恩恵を最大限に味わうことができるのではないかと個人的には思う。
 
 
 本書は「人類の繁栄」をテーマに挙げて、「人間が自らの生き方をこれほど激しく変え続けられる原因はどこにあるのだろう?」という疑問を説くことを目的にしている。
 
 本書の冒頭から書いている通り、筆者はその理由を人間の「交換と専門化」に与えている。
 人間は自分ひとりの中で「培うことのできない能力」を扱うことができることによって、ここまで繁栄してきたのだ。私たちはパソコンがどのように動いているか、作られているかを厳密には知らない。なんとなく分かっていても、材料さえあれば自分で全てを作れるかと問われれば、おそらく作れる人間などいないだろう。仮に作れたとしても、その材料を自分で集めてくるには途方もない時間がかかるし、可能かどうかさえ定かではない。
 しかし私たちはパソコンを使うことができる。資源や理論や物流を考えることなく、私はこうして文章を打つことができる。それらのことを考えることなく、全く新しい事に自分の時間を注ぐことができるのだ。世界の多くの人々が自分にできることに専念し、それを大規模に交換することによって、余計なことを考えずにイノベーションを起こすことができるのだ。検索エンジンSNSを考案するのに、パソコンの資源を考える必要はない。
 
 筆者が一番良いたいことはこれだけである。そして残りの部分は、その「交換と専門化」を作るためにはどうすれば良いか、ということになる。
 
 「交換と専門化」が進むにはその土台が必要になるのだ。私はその土台として「人間が交換を行えるような社会を築くこと」そして「専門化することが利益になる経済を作ること」の2つが本書で挙げられていると感じた。
 他人と交流をできること、他人を出し抜くことが個人の利益にならないようにすることが、人々が「交換と専門化」に秀でるようになるための必要条件なのだ。この話は「国家はなぜ衰退するのか」を参考にすると上手く繋がるかもしれない。
 
 個人的に感銘をうけたのは、「情報のモノ化」である。人間は自分で考えたことなどを「モノ化」することができる。つまり頭の中にある抽象的なものを、現実世界に具象化することができるということだ。現実世界に具象化することができれば、他者と交換することが非常に容易になる。また現実世界に存在するということは、物理的な3次元空間を使い、「移動」という概念を身に宿すことができる。そうすると、人一人の交換可能範囲を超えて、想像もつかないような経緯を辿り、間接的に他者と交換ができるようになる。個人的には、この「情報のモノ化」が「交換と専門化」に一番貢献したと思う。もちろん、文字や言語もこの一種である。
 
 そして現代はインターネットという、歴史上一番の交換能力を持っている土台を手に入れた。そしてこれは権威的ではなく、分散的に成り立っているものだ。トランプ政権のアメリカを始め、国家という単位で保護的になろうとも、テクノロジーが可能にした「交換可能な範囲」が狭まることは決してないと思う。その土台がある限り、またはその動機がなくならない限り、現代社会の繁栄は止められないものであると思う。
 
 また、本書は「狩猟採集と農耕」「信頼と市場」「都市と交易」「エネルギー」「発明」「悲観主義への反論」というテーマで各章を割いている。経済史的な語り口調が多いので少々読むのに飽きてくる部分もあるが、常に「交換と専門化」という視点で読んでいけば、必要なエッセンスは抽出し易いのではないかと思う。
 

 

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