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現実通信社

考えすぎるくらいが楽しい

「現実とは何か」  ブラックミラー 「サン・ジュニペロ」 感想

 Netfilxのオリジナルコンテンツである「ブラックミラー」というオムニバス式のシリーズの中の「サン・ジュニペロ」を視聴しました。

 

 「ブラックミラー」というシリーズは、現代・近未来において、何かしらのテクノロジーが社会の中に成立した世界を舞台としています。その舞台の中で物語を展開することによって、現在・近未来のテクノロジーが私たちにどのような影響を与えるのか、私たちをどのように変えてしまうのか、ということを訴えかけています。


Black Mirror | Official Trailer - Season 3 [HD] | Netflix

 

↓ 多少のネタバレはありますが、視聴に当たってはさほど問題ない程度です。

 その中の「サン・ジュニペロ」

 

 この作品で描かれている世界は「意識をクラウドにアップロードできる」テクノロジーが成立した世界です。レイ・カーツワイルの「シンギュラリティ」しかり、この手の話は、現代においてホットトピックになっています。AIを題目にするならば、「知能とは何か」、クラウドの人格をアップロードを題目にするならば「意識とは何か」

 

 今回は後者です。

 作品では、「現実世界における死」というものを「クラウド上に意識を移動する脱出の機会」と描いています。現実世界で肉体が死ぬということは、決して「人」が死ぬことではない。人を人足らしめている「意識」をクラウド上の「永遠の世界」に脱出させる機会なのだと、この作品は描いているのです。

 

 「サン・ジュニペロ」というのは、その脱出先の「意識世界」です。その実は、テクノロジーによって実現されている世界なので、現実世界に存在する大量のハードウェアによって生まれている仮想世界です。しかし、意識を移動させた人たちにとっては紛れもなく「現実」なのです。

 

 「サン・ジュニペロ」には多くの人が住んでいます。

 死後に意識を移動させてきた「永住民」、お試しでトライアル版を体験している「観光人」が、その町で活動をしています。現実世界で死んでいる人たちの意識が大半を、現実世界でまだ生きている人たちの意識が少数を占めている町。そんな町が「サン・ジュニペロ」です。

 

 死を終えた人たちと、まだ生を享受している人たち、そんな真反対の人たちが共存している町。これは何とも素敵で、恐ろしい町だと感じます。普通では考えられない共存を描き出すことで、普通では考え始めないような問いを問い始めてしまいます。

 

 それは「現実とは何か」という事です。

 死を終えた人も、まだ生きている人も、その世界で活動をすることができるのなら、

 

肉体の死と生はどのような違いがあるのでしょうか。意識が活動することができれば、肉体の存在する現実世界は、人にとっては必ずしも必要なものではないのでしょうか。

 この作品は1時間という短い時間を駆使しながら、その問いに詰め寄っています。

 

 作品のラストシーンを見れば、この作品の答えを察することができます。この難しい問いに、この作品はどのような答えを用意したのか、ぜひ視聴して確かめていただきたいですが、

 

 私が感じ取った答えとしては「人と人の関係が存在していれば、そこは人にとって紛れもない現実である」というものでした。

 

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